東京地方裁判所 昭和53年(ワ)413号 判決
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【判旨】
二そこでまず請求原因3の(二)について判断するに、右被告らとの関係では<証拠>によると、矢島電気が原告あてに振り出した本件各手形のうち、別紙約束手形目録(一)、(二)、(五)の各手形は書替手形であり、これらの書替前の手形は、いずれも原告が矢島電気に納入した電気通信材料の代金支払のために振り出されたものであり、右書替前の各手形を現実に授受した日は、別紙約束手形目録(一)の手形(書替前は四通)については、昭和五一年六月九日(額面一六五万七三八八円)、同年七月一五日(額面一六八万一六〇二円)、同年八月一三日(額面七一万八九五五円)、同年九月二日(額面一三二万二一八三円)、同目録(二)の手形については、昭和五二年一月二一日、同目録(五)の手形については、昭和五一年一一月一五日であると認めることができる。また右各証拠によれば、同目録記載の(三)、(四)、(六)の各手形の振出日は、現実の振出日とほぼ一致すると認められる。よつて右各振出交付当時である昭和五一年六月九日ないし昭和五二年四月二八日および本件売掛金の発生日たる昭和五二年三月二二日ないし同年五月一二日当時において、矢島電気の代表取締役であつた被告義雄に悪意または重大な過失による任務懈怠があつたか否かについて検討するに、<証拠>によると、次の事実を認めることができ<る。>
1 被告義雄は、昭和三九年三月三〇日に矢島電気が設立された当初から昭和五二年七月四日に同社が破産宣告を受けるまでの間、一貫して同社の代表取締役の地位にあり、同社の経理部門を事実上一人で掌握していた。
2 被告義雄は、矢島電気設立前には個人事業として矢島組を経営し、矢島電気設立のころには、個人として負債約二億円を抱えており、当初は自己所有の不動産を売却処分して右債務を返済しようと考えていたが、矢島電気の代表取締役であり、かつその経理面の一切を掌握していたことに加え、会社資産と個人財産を区別する意識が乏しく、そのため、会社債務や前記個人負債の返済を企図して売却した自己所有不動産の売却代金をすべて矢島電気名義の預金に振り込み、他面、前記個人負債の返済を矢島電気の預金から支払い、あるいは昭和四八年ごろに仙台市宮町所在の土地を個人名義で購入した際には、矢島電気の預金をもつて支払にあてるなど、公私混同の経理を続けてきた。
3 その結果、矢島電気の被告義雄に対する事実上の貸付額は、昭和四八年度には金二万円にすぎなかつたものが翌年には金一二〇〇万円、翌々年度には金一億八八〇〇万円と累積し、さらに昭和五一年四月には一か月で金四〇五七万五〇一五円、同年五月には一か月で金六七四六万〇六三四円など多額にのぼつたため、昭和五一事業年度には金三億四三〇〇万円と増加の一途をたどり、昭和五二年三月三一日現在では事実上の貸付金合計は四億三八四八万一四七〇円にも達した。
4 ところで矢島電気の設立当初の資本金は金一〇〇〇万円であつたが、その後昭和四四年五月三〇日に金一五〇〇万円、昭和四七年五月三〇日に金二七〇〇万円と順次増額され、昭和五〇事業年度には売上高(完成工事高)が約八億〇七〇〇万円、営業利益金約八一六〇万円を計上するなど順調に業績を伸ばした。しかし、利益の相当部分が被告義雄への前記貸付にあてられたため会社名義の不動産は存在せず、会社が融資を受ける際には被告義雄の個人財産を担保としていた。
そして被告義雄への前記事実上の貸付けが累積するにつれて、支払金利がかさみ、営業外収支は事実上著しく悪化したうえ、資金の過度の固定化を招き、昭和五〇年ごろには営業利益は順調に推移しているにもかかわらず、下請への支払の焦げつきは金一億五〇〇〇万円前後に達し、昭和五一年ごろ以降は資金繰りに極度に窮して月利三分五厘ないし六分の高金利による借り入れを行なうに至つた。
5 昭和五一年三月、笹沼工務店が倒産して約六一七二万円の貸倒れを生じ、かつその直後(昭和五一事業年度)には、完成工事高が前年度に比較して約一億六七〇〇万円落ち込んで、矢島電気の業績は決定的に悪化した。
6 このような状況下で、被告義雄は矢島電気の代表取締役として、昭和五一年六月九日から昭和五二年五月一二日までの間に、前記認定の各手形を電気通信資材購入代金の支払のために順次振出し、あるいは本件売掛金債務を負担した。
7 右各手形振出および売掛金債務負担の当時、被告義雄は会杜資産のみでは各債務金の支払をなしえないことは知つていたが、個人所有の不動産を売却すれば会社の運営資金をつくり出せると考えていた。しかるに、もつともあてにしていた伊勢甚百貨店への被告義雄所有地売却の交渉は、昭和五二年四月末に挫折して資金繰りに窮し、その結果矢島電気は、同年五月九日に会社整理を申請し、同年六月二二日には自己破産を申請して倒産するに至つた。
以上に認定した事実および前記一の争いのない事実によれば、被告義雄は、矢島電気設立当初から同社の代表取締役の地位にあつたが、その業務を遂行するに際し、会社資産と個人財産を峻別する意識が乏しいままに慢然と公私混同の経理を専断で行うことにより、事実上の営業外収支を極度に悪化せしめ、少なくとも昭和五一年四月ごろ以降は会社資産のみでは返済できない事態を招来し、その事実を認識しながら、個人所有の不動産を売却処分すれば会社債務の返済も可能であると安易に考えて本件各手形(もしくは前記認定の書替前の手形)を振り出し、あるいは本件売掛金債務を負担した重大な過失により、経営の破綻を招いて矢島電気を支払不能の状況に陥らせ、もつて第三者たる原告に請求原因2の(三)掲記の損害を与えたと認めることができる。
三つぎに請求原因3の(三)について検討するに、<証拠>によれば、被告善太郎は被告義雄の子であり、矢島電気設立当初ごろから同社の取締役の地位にあり、社内ではいわゆる専務として主に受注関係の業務を担当してきたこと、被告秋山は設立当初から同社の取締役の地位にあり、社内では資材部長として主に資材の買付けの業務を担当してきたこと、矢島電気では全取締役を含む会社幹部が月一回「幹部会」を開催して会社業務全般について話し合つていたが、金銭貸借や手形発行などの経理部門は設立当初から一貫して代表取締役たる被告義雄の専権に委ねられ、同部門については、昭和五一、二年ごろに、人見博総務部長の提案により、経理の明確化が議題にのぼつたがそのまま立ち消えとなり、それ以外には、まつたく協議の対象とされていなかつたこと、そして被告義雄が前記認定の公私混同の経理をしているうえに、金額までは確知しないが、被告義雄が矢島電気代表取締役として原告に対し、前記認定の日時ころに手形を振り出し、あるいは売掛金債務を負担していたことを知りつつ、これを黙過していたこと、昭和五一年三月より以前のころから、矢島電気の受注先であつた電電公社およびその所轄庁である関東電気通信局から右のごとき経営体質の問題性を指摘されながら、明確な対応策を実施しないままに倒産に至つていることを認めることができ<る。>
前記二認定の事実および右の事実によれば、矢島電気の取締役であつた被告善太郎、同秋山は、同会社に対し、代表取締役であつた被告義雄の業務執行全般につき、これを監視するとともに必要があれば取締役会を通じて業務執行が適正に行なわれるように処置すべき職責があるのに、被告義雄において前記二認定の任務懈怠行為をしている事実を知悉しているにもかかわらず、経理業務全体を同人の専断に委ねることにより、これを放任し、取締役としての監視義務を事実上放棄して同義務を怠つた重大な過失があるというべきである。
(寶金敏明)